東海道貨物線(鶴見~東戸塚)の調査を開始しました。
<Information> 2012年5月12日:ページデザインを大幅リニューアルしました。詳しくは→こちら

最新記事(最新10件)

全記事タイトル一覧 - 最新記事のRSS

東急東横線・みなとみらい線10両化工事(2012年4月取材)

鉄道:建設・工事副都心線・東横線関連 | 2012年05月17日(木) 18:51
ホーム延長がほぼ完了した綱島駅

東急東横線では今年度末に東京メトロ副都心線との直通運転開始が予定されています。前回はこの直通運転に向けて行われている渋谷~代官山間の地下化工事と、関連する渋谷ヒカリエについてお伝えしました。続いて今回は、副都心線直通と同時に予定されている優等列車の10両編成化に向けて、東横線とみなとみらい線で行われているホーム延伸工事の現状についてお伝えします。

▼関連記事
東急東横線・みなとみらい線10両編成対応化工事(2011年1・6月取材)(2011年7月3日作成)
東急東横線地下化工事&渋谷ヒカリエ開業(2012年4月取材・その1)(2012年5月11日作成)
東急東横線地下化工事&渋谷ヒカリエ開業(2012年4月取材・その2) (2012年5月12日作成)

■東急東横線・みなとみらい線の10両編成対応化工事の概要

 現在、東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線は全列車が8両編成での運転となっており、地上設備もそれに合わせた構造となっています。今年度末より開始される東京メトロ副都心線との直通運転開始後は直通先の東京メトロ・西武鉄道・東武鉄道に合わせる形で、「特急」「通勤特急」「急行」の各優等列車を10両編成に増車することが計画されています。このため、優等列車が停車する駅のホームと元住吉駅の下にある車両基地について2両分の延長工事が進めらrています。工事が行われているのは以下の駅です。

●東急東横線
中目黒・学芸大学・自由が丘・田園調布・多摩川・武蔵小杉・日吉・綱島・菊名・横浜

●みなとみらい線
新高島を除く全駅

 なお、この工事は前回お伝えした渋谷~代官山間の地下化工事とともに特定都市鉄道整備事業の対象となっており、2005年度より運賃に上乗せする形で事業費の調達が行われています。(詳しくは前回の「その1」の記事を参照。)

 では、中目黒駅から終点元町・中華街駅へ向かってどんどん見てまいりましょう。

■東急東横線内の状況

今回は全線を2分割して取材を行いました。(2012年4月21日:中目黒~自由が丘、2012年4月30日:田園調布~元町・中華街

●中目黒駅
中目黒駅下り線渋谷方のホーム端。ホームの拡幅が完了した。 下り線渋谷方の端から駅中心方面を見る。拡幅部分のホームはまだ仮設。
左:中目黒駅下り線渋谷方のホーム端。ホームの拡幅が完了した。
右:下り線渋谷方の端から駅中心方面を見る。拡幅部分のホームはまだ仮設。2枚とも2012年4月21日撮影

※クリックで拡大

 中目黒駅東京メトロ日比谷線との共同使用駅で、島式2面4線のホームのうち、内側2線を日比谷線が使用しています。10両化に当たっては上下2面ある線路の両端を延長します。延長する長さは上下線非対象となっており、上り線(渋谷方面行き)が渋谷方に1.5両分、横浜方に0.5両分、下り線(横浜方面行き)が渋谷方・横浜方にそれぞれ1両分程度の延長となっています。この延長部分は高架橋のスペースが狭く、そのままでは十分なホーム幅が確保できないため、高架橋の拡幅工事も合わせて行われています。
 下り線側はすでに高架橋・ホームともに拡幅が完了し、延長部分のホーム建設に取り掛かっています。

上り線ホーム渋谷方の拡幅前(4月21日)。 上り線ホーム渋谷方の拡幅後(4月30日)。
上り線ホーム渋谷方の拡幅前後。左が拡幅前(2012年4月21日)、右が拡幅後(2012年4月30日)
※クリックで拡大

 一方、上り線側は1回目の取材時は拡幅部分の高架橋建設が完了して新しい軌道の敷設が開始されており、その前後の軌道も切替準備のためバラストが抜かれて土のうに置き換えられていました。その9日後に行った2回目の調査時には拡幅が完了し、軌道のバラストも元通り復旧されていました。右の写真でホームの床にグレーのテープが貼ってある部分が拡幅前のホーム端の位置です。

上り線渋谷方にある目黒川橋梁の拡幅前。ガーター橋を左にスライドしてホーム延長スペースを確保した。 拡幅された上り線渋谷方の高架橋。右下の公道は拡幅に合わせてセットバックした。
左:上り線渋谷方にある目黒川橋梁の拡幅前。ガーター橋を左にスライドしてホーム延長スペースを確保した。
右:拡幅された上り線渋谷方の高架橋。右下の公道は拡幅に合わせてセットバックした。

※クリックで拡大

 今回拡幅された渋谷方の高架橋には目黒川をまたぐガーター橋も含まれており、この部分は橋脚を拡幅したうえで橋桁を横にスライドさせることによりホームの延長スペースを生み出しています。また、上り線側は高架橋と公道が近接していたため、公道の付け替え(セットバック)も行われています。ただし、道路を挟んだ反対側は東急グループの所有地(東急ストア本社ビル)となっており、新たな用地買収は行われていない模様です。

ホーム横浜方は下り線の信号扱所が無くなり、延長部分のホーム建設が進む
ホーム横浜方は下り線の信号扱所が無くなり、延長部分のホーム建設が進む。2012年4月21日撮影(2011年1月9日の同じ部分の様子

 一方、横浜方は下り線のホーム端にあった信号扱所(CS-ATC化後は不使用)が撤去され、上下線とも延長部分のホーム建設が進められています。床面の一部はまだ仮設ですが、骨組みはほぼ完成していることから、まもなく工事が完了するものと思われます。

●学芸大学駅
※この先写真が21枚(約454KB)あります。データ量にご注意ください。
↓この記事の続きを読む↓

このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 

八潮車両基地入出庫線(現地写真) - りんかい線東臨トンネル(32)

☆りんかい線東臨トンネル(連載中) | 2012年05月14日(月) 20:27
東京臨海高速鉄道りんかい線東臨トンネル ~時代に翻弄されたもうひとつの京葉線~
※クリックすると目次ページを表示します。

■八潮トンネル  0km145m~2km500m(L=2355m)
▼参考
臨海副都心線工事誌 - 日本鉄道建設公団東京支社2003年9月 41・48・49・293~301・570~599ページ
京葉線大型シールド工事の現況 - 建設の機械化1975年12月号3~9ページ

●概説(続き)
→京葉線台場トンネルの工事については前回の記事を参照。

【原寸大・容量注意】東京貨物ターミナル駅付近の1989年の航空写真。矢印を付けた所が京葉線台場トンネルの坑口で、軌道は敷設されず放置されていたことが分かる。
東京貨物ターミナル駅付近の1989年の航空写真。矢印を付けた所が京葉線台場トンネルの坑口で、軌道は敷設されず放置されていたことが分かる。
(C)国土交通省 国土情報ウェブマッピングシステムカラー空中写真データ(平成元年)より抜粋

※クリックで拡大(3084*706px/457KB:原寸大・容量注意

 難工事の末完成した大井埠頭・品川埠頭の京葉線台場トンネルだが、13号地(台場)から先の工事が進まず、国鉄時代はついに使用されることなく国鉄清算事業団にその所有権が引き継がれた。この間、トンネルはほとんど手つかずのままとなっており、1989(平成元)年の航空写真でも東京貨物ターミナル駅付近にある坑口は2か所とも軌道が未敷設のまま放置され、雑草が伸び放題となっていたことが確認できる。
 ここで、有名な巨大掲示板「2ちゃんねる」の鉄道板に、この放置されていた頃のトンネルに関する興味深い書き込みがあったので紹介しておこう。書き込まれたのは2003年で、当時の2ちゃんねるは犯罪予告など悪質な書き込みに手を焼きつつあったものの、現在と比べればまだ純粋に趣味に関して情報交換をする場所としてもシェアを持っていた頃である。書き込みの内容は未供用時代のトンネルに立ち入った際の状況を書き綴ったもののようである。(なお、このような行為はれっきとした不法侵入であるうえ、現在は列車が走行していることから極めて危険な行為である。読者の皆様は絶対に真似をしないでいただきたい。)

貨物専用線の長大トンネル (関東限定)

125 :20数年前・・・:03/10/30 08:46 ID:lFT5KRsu
貨物かどうかわからないけど今から20年前くらいに
大井貨物ターミナルに掛かる陸橋から線路を見ていたらふと線路と線路の間に
ぽっかりと空いたトンネル発見。路盤、鉄橋は有るが線路なし。
当時、厨房の癖してすでに廃墟好きだった私は道路脇お柵を乗り越え
線路に・・・。やっぱり未完のトンネル。最初は一人で明かりが届く範囲で潜入したが
相当長い事と一人では怖いことで一端引き上げ応援を呼ぶ。同級生3人を招集して
いざトンネルへ途中、2mぐらいの落差がありこれを下って延々と・・・。
しかしそれでも終わりそうにないので一端引き上げなんと自転車を持ち込む始末。
途中、50センチぐらいお水没区間あり、幅30センチくらいの簡易木道橋あり(溝があって
5mぐらいしたは、2mくらい水がたまっていた。)かれこれ40分くらいかけて行くと
突如縦坑が現れ階段を上っていくと・・・なんと船の科学館のすぐ近くに出現。
再度潜って前進開始。この前後から明らかにシールド工法と思わしきトンネル側面。
かなり広い横幅で中央には人一人分くらい掘り下げてあった。
配電盤があって試しにスイッチON・・・側壁に取り付けられた蛍光灯がぱっぱっぱと
遙か先まで伸びていく(ビビッてすぐOFF)。途中また水没区間があり放置されたネコ車が非常に
年代物てきな形をしていた。約2時間ほど真っ暗闇の中を自転車ライトを頼りに前進。
遙か先に見えた明かりがだんだん大きくなり縦坑とわかる。とうとう縦坑位置までくると
すぐ先は、コンクリートの壁が立ちはだかり終点を告げる。
縦坑の回りに取り付けられた階段を上っていくと・・・。
そこは荒涼たる13号埋め立て地の真ん中だった。遙か彼方にぽつんと
船の科学館が見える。厨房3人は東京湾を渡り埋め立て地を潜りたどり着いた
のだった。それから来た道を2時間掛けて逆戻り。
無事、地底探検を終えたのだった。
それはレインボーもアクアシティーも臨副線も無い頃のお話。
それから20数年、同じ陸橋から見たらトンネルはふさがれていた。
ただしレールが引かれるはずだった路盤とガーター橋は残っているが。
でも入り口はもう一つあった。確か入管収容所の建物の近くに・・・。

スレッドURL:
http://hobby6.2ch.net/test/read.cgi/rail/1065094417/

DAT落ちで見られないため、内容はこちらから引用した:
http://mimizun.com/log/2ch/rail/1065094417/

文章の内容はこれまで当ブログでお伝えしてきたりんかい線のトンネルの特徴ともよく一致する。具体的な例を示すと以下のような施設が該当する。

「大井貨物ターミナルに掛かる陸橋から線路を見ていたらふと線路と線路の間にぽっかりと空いたトンネル発見。路盤、鉄橋は有るが線路なし。」
ここで出てくる陸橋は上の航空写真の右側にある首都高速と交差する地点に見えるもので「北部陸橋」または「大井北埠頭橋」という。その付近にあるトンネルということで、これは京葉線下り線の坑口を指しているものと思われる。(詳細後述)

「かれこれ40分くらいかけて行くと突如縦坑が現れ階段を上っていくと・・・なんと船の科学館のすぐ近くに出現。」
これは海底トンネルで東京港をくぐった対岸の台場側にある「13号地立坑(潮風公園夕陽の塔)」を指しているものと思われる。

「遙か先に見えた明かりがだんだん大きくなり縦坑とわかる。とうとう縦坑位置までくるとすぐ先は、コンクリートの壁が立ちはだかり終点を告げる。縦坑の回りに取り付けられた階段を上っていくと・・・。そこは荒涼たる13号埋め立て地の真ん中だった。遙か彼方にぽつんと船の科学館が見える。」
これは国際展示場~東京テレポート間にある「有明立坑」を指しているものと思われる。地下まで外光が差し込んでいたという記述から、当時は立坑の上には建屋が無く、穴だけが開いていたことが推測される。また、すぐ先が壁で行き止まりであったことから、以前の記事で解説した通り有明西運河から現在の新木場側の坑口までのトンネルは、りんかい線着工前には存在しなかったと見て間違いない。

また、この書き込みにあるとおりトンネル内は数か所で浸水しており、管理状態は非常に悪かったことが分かる。これは、トンネルが終点まで完成しなかったため、排水ポンプや換気設備などが設置されておらず、結露や雨水・地下水が流入しても排除できなかったためである。
 りんかい線の車庫である八潮車両基地(東臨運輸区)の入出庫線(八潮トンネル)は、放置されていたこの京葉線台場トンネルを国鉄清算事業団から購入・流用して建設されている。流用に当たっては前回の記事のとおり、地盤沈下によりトンネルに変形が生じていることや、上記の通り長年の放置により傷みが進んでいたことから、使用の可否について調査が必要で、傷みが少ない13号地立坑~品川運河(若潮立坑)までが1995(平成7)年度、残りの区間が翌1996(平成8)年度というように2区間に分けて東京臨海高速鉄道(TWR)へ売却された。
 なお、入出庫線として使用するのは八潮車両基地の位置の関係上、上り線側のトンネルのみであるが、下り線のトンネルは上り線と一体構造となっている区間があることから、TWRへの売却について議論がなされた。その結果、下り線側は売却不要と判断され、引き続き国鉄清算事業団(現・鉄道建設・運輸施設整備支援機構)が所有することとなり、将来一体構造区間に改造を加える場合は別途協議をすることが取り決められた。
 TWR側への売却手続き完了後は傷みが進んでいたトンネルや補修、阪神・淡路大震災後の耐震基準改定にあわせた・補強が行われた。特に、下り線坑口付近の沈下区間は壁や床の鉄筋の残留応力が設計値をオーバーしており地震で損傷の恐れがあったことや、海水により鉄筋自体の腐食も進んでいたことから、念入りに補修・補強が施されている。また、使用しない下り線側の坑口は今後雨水が流入しないよう、発泡スチロールにより完全に密閉された。

●現地写真
※撮影日は下の前面展望を除き全て2011年7月23日。

↓この記事の続きを読む↓

このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録